2013年12月09日

富川潤一先生のこと (2)

こやまわくわく洋画教室のadviser、Painterのreikoです。

富川潤一先生 は戦争の為の抑留から新潟へ帰って来られてから
新潟県内の中学・高校の美術講師をされていたそうです。

先生の画塾で学んだ仲間と、1999年に富川先生の追悼の
意も込め開催した新潟市の瞑想館ギャラリでの展覧会に、
私の大学時代に衛生学を教えて下さった恩師がいらして
下さったのですが、

『時代も住んだ土地も学校も異なるのに同じ先生に…』と
下記のような 思い出をお話し下さいました。

【富川先生は、女学校2年の頃、赴任して来られました。

最初にお目にかかった時のことが、とても印象に残っています。

先生は、まだとてもお若く魅力的な方でした。

授業が始まると、自己紹介され、

絵画への思いを熱っぽく語られました。

また、亡くなられた奥様へのおもいも切々と話されたのです。

まだ子供でしたから、人情の機微はよくわかりませんでしたが

よほど仲のよいご夫婦だったのでしょう。

その時のことが、とても印象に残っています。

先生のお人柄が心に残る懐かしい思い出です。】と。


お話しをうかがい、

富川潤一先生からもお聞きしたことがありましたが、

大正〜昭和初期の頃の【絵画で世を】という

熱い画家の思いがあったことを思い起こさせていただきました。


今日、12月9日は富川潤一先生のご命日です。

富川先生の作品は故郷の栃尾市美術館に139点
収蔵されたのですが、その収蔵品の初の展覧会が
開催されている時で、
先生が病床に臥せっておられましたので
先生にお見せしようと許可を得、展覧会場の写真を
仲間5〜6人で撮りに行った日でした。

先生は天国できっと喜んで写真を見て下さったことでしょう。′

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(長岡市栃尾美術館.1995.12.9日)

http://reiko-artroom.com/
posted by れいこア‐トル‐ム at 00:00| Comment(0) | 一期一会